AITCニュースレター

第27号 - 2020年10月

10年のあゆみ、そして新たな未来へ
〜AITC創立10周年 記念寄稿特集〜

先端IT活用推進コンソーシアムは、XMLコンソーシアムの後継団体として2010年9月8日の発足以来、ちょうど10年を迎えました。10年間の活動が継続できているのも、AITCの各種活動に積極的にご参加いただいた、すべてのみなさまのおかげです。深く感謝いたします。

10周年にあたり、AITCの会長および顧問の諸先生から、この10年の思い出やエピソード、将来にむけた期待などに関してご寄稿を頂戴しております。寄稿いただいた方は次の5名のみなさまです。(掲載順)

  • 鶴保 征城 会長(学校法人・専門学校HAL東京 校長)
  • 萩野 達也 顧問(慶應義塾大学 環境情報学部 教授)
  • 橋田 浩一 顧問(東京大学 大学院情報理工学系研究科 ソーシャルICT研究センター 教授)
  • 山本 修一郎 顧問(名古屋大学 名誉教授)
  • 丸山 不二夫 顧問(一般社団法人MaruLabo代表理事)

お忙しいところ、ご寄稿いただき、ありがとうございます。順に寄稿を紹介させていただきます。

 この10年と新時代における先端IT
AITC 会長  鶴保 征城

「先端IT活用推進コンソーシアム」は2010年にスタートしたが、この10年間、先端ITの活用推進に取り組み一定の役割を果たしたことから、規約通リ今期末をもって終了することにしている。

設立の趣旨は、日頃より関心はあるが実際には学ぶ機会のない先端ITに関する情報をいち早く、そして幅広く技術者に提供し、試用してみる場を提供すること、技術者が切磋琢磨しあって先端ITに関する情報と知見を習得し、共有する場を提供することなどにあった。

当時、閉塞感に満ち、元気をなくしていた日本のIT業界や産業界を元気にしたい、そんな思いを込めて、本会は、明日のビジネスと社会基盤を支える先端ITの利活用を推進する技術集団を目指してきた。

2015年の総会において「東京オリンピックをきっかけに先端ITの実用化が急速に進むと思われる。その後の潮流を1年かけて見定め、以後のIT潮流を提言したい」との意図をもって2021年8月31日まで会期延長した経緯がある。その東京オリンピックは1年延期となったが、今年に入って急激に感染が広がった新型コロナ禍の中、ITの役割が一層重要となっているのは周知の通りである。新型コロナ禍という非常事態にある現在、会期延長の根拠とした「東京オリンピック」を「新型コロナ」に読み替えることで、今後のIT潮流を検討することが有意義である。

本会発足以来の10年を振り返ると、先端ITをフル活用したUberがタクシーのビジネスモデルを変え、Amazonが書店をなくし、Facebookが広告エージェントに取って代わった。Spotifyの楽曲配信サービスがレコード店を閉店に追い込み、NetflixやHuluが映画館を閉館させた。新参のNetflixがMGMや20世紀FOXといった映画配給会社を従え、UberがフォードやGM、イエローキャブの上位に位置しているように見える。

このような産業構造の変化を「デジタルビジネストランスフォーメーション(DX)」と呼ぶことがある。アナログビジネスからデジタルビジネスへの転換を意味する。時間短縮、コスト削減、カスタマーエクスペリエンスを通じて企業文化が変わっていく。デジタルビジネス/DXに乗り遅れた企業は凋落する。

クラウド、サーバーレス、マイクロサービスが進展してソフトウェアの作り方が変わり、これまでのウォーターフォール型システム開発ではなく、アジャイル開発や開発と運用が一体化したDevOpsにシフトしていく。

2000年にフォーチュン500にランキングされていた企業の52%が、2019年版から脱落している。デジタルビジネスに対応できなかったり、対応が遅れたのが大きな要因だ。フォーチュン500の上位企業がどう変わったか。2000年版のトップはゼネラル・モータース(GM)でトップ30には日本企業が12社入っていた。ところが2019年版のトップはウォルマートに代わり、日本企業はかろうじて10位にトヨタ。中国企業が6社、韓国のサムソンが12位、台湾の鴻海が23位と様変わりしている。

日本企業が先端ITを梃に復活できるかどうかの瀬戸際に立っている。

本会の活動終了後も、サーバー環境や会員専用SNS環境等を保持し、コミュニティとして人の繋がりと情報・意見交換の場をKeepすることも検討に値するのではないかと思う。

 オンライン教育の可能性と課題
慶應義塾大学 環境情報学部 教授 萩野 達也  (AITC顧問)

AITC設立10年おめでとうございます。

メタデータの繋がりで2004年にXMLコンソーシアムの顧問に就任以来、早や16年が経過しました。AITCの皆さまとは全顧問によるパネルデスカッションや、時に湘南藤沢キャンパス(SFC)で情報や意見交換の場を持つなどしてきました。

今年は予想だにしなかった新型コロナウイルス感染症の拡大により、全世界で生活や仕事に多大なる影響が及んでいます。大学も然りです。私の所属する慶應義塾大学でも2020年度の春学期の開始は4月30日からとなり、入学式やガイダンスを含めすべての授業はオンラインで行われることになりました。

オンラインについては、慶応大学が6つのキャンパスに分散しているため、日頃からオンライン会議の必要性を感じており、CISCOのWebexをもとから導入し、遠隔会議などで利用していました。授業については、キャンパス間を結んで授業を別学部との共有は行われていたものの、学生が自宅で受講する形式は今回が初めてです。

私の所属する学部のある湘南藤沢キャンパス(SFC)では、IT系に力を注いでいるため、学生全員がノートPCを持っていることを前提に授業などを行っていて、学生側の準備についてはあまり問題はなかったのですが、教員の方の準備の方が大変でした。3月下旬から、教員に対するオンライン授業のやり方について10回を超える講習会が行われ、Webexの授業用であるWebexTrainingの設定、出席のとり方、課題の出し方、グループ・ディスカッションのさせ方など、これまでは教室で行われていたことを、すべてオンラインで行わなくてはいけなくなりました。また、授業をいざ開始してみると、システムに不具合も出てきたりして、安定的に授業を提供するまでに時間がかかりました。

オンライン授業の良いところは、どこからでも授業を提供し受けることができることで、休講となる授業もほとんどなく、授業はシラバス(事前の講義予定)どおり計画的に進められて行きました。ただし、言語の演習の授業や体育の実技についてかなり難しいものとなったようです。体育は自宅でのトレーニングや座学での理論の勉強となり、チームスポーツなどは中止となりました。(残念ながらeスポーツは大学では体育とはまだ認められていない状況です。)

春学期の期末試験もオンラインで完結しなくてはならなくなりました。そのため、課題や期末レポートで評価を行うことになり、学生にとっては通常の学期より負担の多いものとなっていると聞いています。本来は、期末試験についてもオンラインで行うことができると良いのですが、現状では、カンニングの防止をどのように行うかなどで実施の課題が多いのが実情です。

秋学期については、完全にオンラインで行うか、教員は教室から配信を行い、学生は教室でも自宅でもどちらでも良いハイブリッド型で行うか、キャンパスに学生を呼び出して行うかの3つの形態を選ぶ形で調整を行っています。一時期MOOC(Massive Open Online Couse)が話題になりましたが、基礎科目についてはオンデマンド型でいつでも勉強できるシステムが良いのではないかとSFCでも以前から議論されているのですが、コンテンツ作りが大変で、まだ準備ができていない状況です。もっと簡単にオンデマンド用のコンテンツが作れるようにならないと、教員の負担は大変です。

また、大学教育は教室での授業だけではなく、実験実習、研究活動、フィールドワーク、学生生活における部活などの課外活動などにもあります。仮想環境を使うことで補おうとしていますが、まだまだすべてを置き換えることができるほどではないと思います。もっと進化が必要です。

新型コロナへの対処のために、色々なところで新しい生活様式が求められています。一部の企業では、すべてを在宅にし、オフィスを解約しているところもあります。大学においても、その教育・研究活動について、先端ITを活用してまかなえるもの、それでもまかなえないものが何なのかを考えることで、本来の大学とは何なのか、大学キャンパスはなぜあるのかを考え直さないといけないのではないかと痛感しています。

 AITCと激動の10年
東京大学 大学院情報理工学系研究科 ソーシャルICT研究センター 教授 橋田 浩一  (AITC顧問)

AITC設立10周年おめでとうございます。これまでAITCの部会や宴会に5回ほど参加させていただいたと思います。AITCオープンラボでの鼎談やAITC顧問による総会記念パネルディスカッションなどでも何度かお話させていただきました。晴海やお台場での議論が懐かしく思い出されます。

AITCが歩んだ10年間は激動の時代でした。特に2011年の東日本大震災と今年の新型コロナウィルスはAITCのメンバーに限らない多くの方々の日常生活に大きな影響を与えていると思います。とりわけ、COVID-19は世界中のほとんどの人達の生活や業務をがらりと変えてしまいました。

第3次AIブームを含めてITの世界もずいぶん変わりました。EUのGDPR(一般データ保護規則)が規定するデータに関する人権の考え方は世界中に広がりつつあり、分散IDなどの技術も普及の兆しが見られます。ゼロトラストセキュリティも、管理者がシステム内部で利用者を管理するのではなく、多様なステークホルダが相互接続しつつ各々の権限の範囲でセキュリティ対策を講ずるという分散的なモデルです。これらの技術は、データの管理権限をデータ主体(個人や企業)に分散させるという意味での分散管理と深く関連します。AIの運用も大半は個人向けサービスですが、各個人に合ったサービスを提供するには本人のデータが必要であり、それには分散管理により本人同意だけでデータが使えるようにすべきです。

AITCでもご紹介したように、私自身はこの10年間を通じてそんなことを考えてきました。COVID-19が引き起こした重大な問題を解決するにはこの考え方が有効そうで、AITCの皆さんにもその解決に取り組んでいただきたいと思います。

重大問題というのは出会いの喪失です。他の学生や教員との交流による学習や発想の機会が世界中の大学で損なわれています。その最大の被害者はまだキャンパスでの出会いに恵まれていない新入生です。企業などの組織や学会などのイベントでも同様の問題が生じています。世界中で新しい発想や共働が生まれにくくなっているという大問題です。

この問題をオンラインで解決する必要がありますが、そこで分散管理が使えそうです。出会いが有意義であるには、出会う人々が互いのニーズを満たせる等の条件が必要であり、リアルな場での出会いがその条件を満たす可能性が高いのは同じ大学の同じ学科に属するとか同じ講演会に参加している等の手がかりによりますね。。すると、さらに詳細な手がかりとなるデータを各個人が用意しておいてそれを使って個人同士をマッチングすれば、リアルな場での出会いよりも価値の高い出会いをオンラインで実現できるかも知れません。

濃厚接触を伴うサービスの感染リスクの問題よりもこの出会いの問題の方がITによる解決の可能性が高そうです。また、COVID-19対策にITが貢献できることは他にもあるでしょう。皆さんの奮起を促してお祝いの言葉に代えたいと思います。

 AITC活動の思い出と今後への期待
名古屋大学 名誉教授 山本 修一郎  (AITC顧問)

AITC創立10周年おめでとうございます。AITCには2つの思い出があります。まず8年前の2012年第三回総会パネルディスカッション「先端ITと技術者は社会にどう貢献するか?」で、「IT・サービスのディペンダビリティ」についてお話しました。もう一つはその8年前の2004年のXMLコンソーシアム時代に、「SOAが加速するe-コラボレーション」についてお話ししたことです。

XMLとWebサービスの普及を推進していたXMLコンソーシアムで、SOAを用いて接続性だけでなく安全性と信頼性を保証した企業連携による価値創造を目指す「e-コラボレーション」について講演の機会を与えていただいたことに感謝しています。「e-コラボレーション」の目的は、違う空間の資源同士をむすびつけるユビキタスネットワークの進展に伴って,新たな付加価値サービスやビジネス体系の創出でした。

ITが社会に浸透するほどITの安全性や信頼性の保証が重要になることから、2012年のパネルでは、名古屋大学で始めたディペンダビリティの研究についてお話しました。

最近は、AITC顧問でもある経済産業省の和泉 憲明さんからの紹介でDX(Digital Transformation)について研究しています。経産省では、DXを
「企業が,
・ビジネス環境の激しい変化に対応し,
・データとデジタル技術を活用して,
・顧客や社会のニーズを基に,
・製品やサービス,ビジネスモデルを変革するとともに,
・業務そのものや,組織,プロセス,企業文化・風土を変革し,
競争上の優位性を確立すること」と定義しています。

このようにDXは企業をデジタル企業に変革する活動です。デジタル企業では、顧客や他社とともにデジタルビジネスエコシステムの構築を目指すことが重要になります。デジタルビジネスエコシステムでは、異なるプレーヤが相互に連携するためのサービスが必要になります。DXでは、データとデジタル技術を活用する上で、先端ITがなくてはならない手段になっています。

今振り返れば,筆者らが提案したSOAに基づく「e-コラボレーション」の概念は、異なるプレーヤのつながりを実現するDXのデジタルビジネスエコシステムに近いと思います.「安全で信頼できるつながり」をデジタル技術で追求することは、この20年間の技術進化の中でも、そして、おそらくこれからも不変なのではないでしょうか?

最後にAITCの今後について述べたいと思います。DXでは、物理装置とIoTデバイスを組合わせて大量データをクラウドで分析するなど、異なる専門知識を統合する共特化(Co-Specialization)が有効です。しかし、共特化では予め知識が明確になっていないので、試行錯誤が必要です。AITCでは、先端ITの試用・評価、プロトタイプの作成、成果発表などを中心に活動してきた実績があります。DXで役立つ共特化に向けた先端デジタル技術の試行評価で役立つ知見がこれまでのAITCの部会活動に蓄積されていると思います。AITCで得られた経験や知識を横断的に統合することでDXを推進する知識の共特化が生まれることを願っています。

 技術と科学の未来について考える
一般社団法人MaruLabo 代表理事 丸山 不二夫  (AITC顧問)

僕とAITCの接点は、AITC活動の原点である「Javaコンソーシアム」にまでさかのぼります。20年を超える長い付き合いです。この間、僕の技術的関心は、インターネット、Java、Android、クラウド、Deep Learning、形式手法、量子コンピュータと変化してきました。ただ、そうしたその時々の技術的関心とは独立に、技術者の学びを支える技術者のコミュニティ活動には、一貫して関心を持ってきました。

パンデミックの危機の中、様々な分野で未来についての関心が高まっています。これからの世界の変化は、その深さと広がりの点でも、スピードの点でも、私たちが今まで経験したことのないものになる可能性があります。技術と科学の未来についても、同じことが言えると思います。IT技術者が技術と科学の未来について考えることは、今まで以上に重要な意味を持つと考えています。

ただ、未来は、何もないところから立ち上がるわけではありません。新しい未来への変化の種子は常に現在の中にあります。また、現在は過去から受け継いだもので出来ています。

ここでは、僕の技術と科学の未来展望と技術者コミュニティへの期待を述べたいと思います。

丸山は、21世紀は、技術的には量子コンピュータと量子通信を柱とした「量子情報」の時代になると考えています。また、そうした技術は、マテリアルの科学の世界に大きな革命をもたらすと思います。もちろん、こうした技術は、現在のコンピュータとネットワーク技術を排除するものではなく、それらと融合していくと思います。

「量子情報」の理論は、ブラックホールと宇宙を思考実験の舞台とする現代の物理学の中で生まれました。21世紀の「量子情報」の時代は、科学的には、人間の自然認識が新しい段階に到達した画期として、科学の歴史に刻まれることになるでしょう。

私たちは、量子の世界と情報の世界が結びつき、様々の分野で大きな変化が引き起こされるだろう時代の戸口に立っています。丸山が、多くのIT技術者に、量子論の基礎の学習を呼びかけているのは、そうした考えに基づいています。

技術者の学びのコミュニティが、時代の大きな変化を切り開くことを期待しています。

いま知っておきたい AITCのできごと

第11回総会および成果発表会のご案内
「第11回総会」を10月9日(金)にオンラインで開催いたします。昨期(2019年9月1日〜2020年8月31日)の活動実績をご報告するとともに、最終期(2020年9月1日〜2021年8月31日)の活動計画をご説明し、ご審議いただきます。
また、総会記念講演では、「DX推進知識の共特化」と題して、名古屋大学名誉教授でAITC顧問の山本修一郎様よりご講演いだだきます。ご参加のほど、よろしくお願いいたします。
総会は以下のURLから参加申し込みをお願いします。(申込期限は10/7(水)17時となります)
https://aitc-seminar.connpass.com/event/189132/
      
第10期(2019年度)成果発表会は、10月1日(木)、2日(金)、4日(日)の3日間に分けてオンライン開催いたします。ご参加いただき易いよう、テーマ毎に各日とも19時〜20時と短時間で実施いたします。COVID-19拡大の中で工夫しながらオンラインでの活動を継続した部会と協働プロジェクトの活動ぶりを共有いただけたら幸いです。詳細はこちらでご確認ください。